清泉女学院大学 清泉女学院短期大学

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学長メッセージ

学長 田村俊輔
学長 田村俊輔

本学は「こころを育てる」を教育目標の基本に掲げています。この「こころ」についてお話しします。それは他者に共感する力を持ったこころです。

本学の建学の理念であるキリスト教の中心メッセージは「神が愛したように互いに愛し合いなさい」です。「神の愛」とは、人間一人ひとりのかけがえのない固有の存在を尊び、慈しみつつ、その成長を助ける愛です。聖書の中でイエスは、そのような愛で人間がお互いに愛し合うことによって生み出される世界を創っていくことを説いています。

そのためには、他者が痛みを持っている時、苦しんでいる時、その痛み、苦しみを自分のことと感じる共感能力が必要です。この共感能力とは、感じるだけではなく、その痛みを共にし、その問題解決のために自分ができることは何かを考え、実行に移すことができる力を内包するものです。

本学は、教育と教職員、学生同士の触れ合いを通じて、学生ひとり一人が神の愛で慈しまれていることを体験し、その体験に基づいて育まれる共感能力を身につけて、お互いを大切にして日々を過ごせる教育環境を提供します。

このような環境の中で、ここに集うひとり一人が、よりよい社会の一員として羽ばたけるようになることを目指しています。

2022年度入学式 式辞

 新入生のみなさま、入学おめでとうございます。そして、この会場にお招きできなかった保護者、ご家族の方々にもこころよりのお慶びを申し上げます。
 清泉女学院は、スペイン発祥のカトリック女子修道会、聖心侍女修道会によって設立された大学です。現在、日本を含めて世界中に50を超える姉妹校がありますが、それらの学校が共通して大切にしている教育理念があります。ここでは、その教育理念のひとつについてお話しいたします。

 今日、世界では、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をはじめとする紛争、地球環境の破壊、政治、経済、文化においての混乱やほころびが発生しています。そんな世界に生きるわたしたちは、これらの問題にどのように対応していったらよいのでしょうか。
 わたしたち人間が他の生物と大きく異なる点のひとつは、それまで存在しなかった「もの」や「仕組み」を新たに作りだす能力を持っていることです。この能力を使って、人間は、地球環境という素材から様々な「もの」を作り出し、自分自身の生活を向上させる「仕組み」を築いてきました。この仕組みが「文明」です。
 それでは、「文明」は、地球と、人間を含むそこに生きるものにとって望ましい結果をもたらしてきたでしょうか?文明の発達によって、わたしたちの生活は便利になり、快適になっているようには見えます。しかし、その一方で、人間の行動による様々な破壊的な影響は否定することができないレベルに達しています。
 オゾンホールの研究者パウル・クルッツェンPaul Crutzenは、このようなありさまを見て、「人新生(じんしんせい)」という言葉を提案しました。「ジンは人、そして、新しい、生命の生」と書きます。この年代名は、「歴史の中で、人類の行動が、他に類を見ないほどに大きな影響を地球に及ぼした時代」を意味しています。これは、地質年代を表現する「古生代」、「中生代」、「新生代」と並べられる地質学上の年代をさす言葉です。しかし、最近になって、この言葉が、地質学や自然科学のジャンルを超えて、政治、経済など広い領域で使用されるようになってきました。
 では、なぜ、「人新生(じんしんせい)」という言葉が多くの領域に広がっていったのでしょうか。それは、人間の行為によって、自然環境に対してだけではなく、人間が生み出した世界の様々な仕組みにも歪みや傷が生じている。そして、その歪みや傷が人間間、国家間そして文化間に深刻な混迷と争いをもたらしていることが、多くの人の目にあきらかになってきている。その結果として、「世界に広がる様々な問題に対して、責任があるのはわたしたちだ」という自覚が、少しずつ、人々に共有されてきているからではないでしょうか。つまり、次々と生み出してきた、ものや仕組みから発生する「問題やほころび」を修繕するのは、それを生み出した、『人間の責任』であるという自覚です。

 それでは、その修繕、つくろいはいったい誰がするのでしょうか。・・・
 テーブルから花瓶が落ちて、二つに割れたとき、接着剤をつかって、元の姿に戻すことはそれほど困難ではありません。何故ならば、戻すべき元の花瓶の姿が明確にわかっているからです。しかし、今日の世界が抱える問題には、傷ついたもの、壊れたものをどのような姿に戻すことが良いことであるのかが「わからない」という難しさがあります。つまり、繕いをするにしても、どのような形にしたらよいのかが簡単にはわからないのです。
 わたしたちが行動を起こすとき、その目的が単純で明確であり、かつ、どのように進めるかについて、誰かが指示をしてくれるなら簡単です。しかし、「向かうべき目標が不明確であり、どのように行動したらよいのか、誰も指示はできない」というときにはどうしたらよいのでしょうか?そんな時必要となるのは、「他からの指示や答えがなくても、世界のよりよい姿について自ら考え、行動することができる力」です。

 清泉の姉妹校は「わたしたちの教育スタイル」という冊子を共有しています。この冊子は、清泉の教育目標をまとめたもので、その最初に掲げられているのは、「Reparacion(レパラシオン)」というスペイン語です。「レパラシオン」とは、英語で言い換えれば「Repair」、日本語では、「つくろい又は修復」という意味です。つまり、この言葉は、「自らの手で傷つけ、破壊した様々なものを修復し、世界をより良いものとして存続させるための新しい『ものや仕組み』を生み出していく力」を指しています。
 そして、この「つくろい」が意味するのは、環境と世界の修復だけではなく、皆さんがこれまでの人生において受けた傷や経験してきた苦しみに対する修復でもあるのです。
 皆さんは、これまで、自分で考えて自発的に動こうとしたとき、「勝手なことをするな」「指示通りに動け」と言われたことはないでしょうか。あるいは、友達との間で、自分の考えや、新しいアイディアを提案しようとして、「出しゃばりだ」、「空気が読めない」と言われ、それによって、グループから排除されるというような経験。あるいは、仲間から排除されることを恐れて、言いたいことを飲み込んだ経験をしたことはないでしょうか。そんな経験が多くなると、いつの間にか「指示がない限り自分から動かないほうが身のためだ」、「おかしい」とは思っても、周りと同じように行動するほかないと考えるようになります。その結果、自分という個人の存在の意味はどこにあるのかという、根源的な疑いと孤独感に襲われます。このような、周りの目を気にして身をすくませる不自由さの経験は、人間が、個人のよりよい人生の在り方について考え、より多くの人々の幸せと世界の健全な発展を自ら考える力をそぎ落としてしまいます。
 その力を回復するためには、皆さんが、様々な活動において、失敗をしたとしても、とがめられることなく、安心して、心が促すままに、自由に学び、考え、発言することが受け入れられる環境が必要です。
 わたしは、清泉の使命はそのような環境を提供することであると考えています。つまり、ここに集うひとり一人が、かけがえのない個人として尊ばれ、過去の傷をいやし、安心して、他者と世界とのかかわり、そこにおける自分の役割を、自由に考えることができる場所、「自分のこころの家」として感じることができる学びの場となることです。
 キリスト教は、人間のひとり一人がこの世界に対して特別な使命、ミッションを与えられていること、そして、そのミッションを生きるとき、その人の人生が最も輝くことを伝えています。
 この混乱の時代にあってこそ、みなさんが「自分の存在の尊さ」を確かめ、世界と歴史における自分独自の役割を見出すための基礎を築いていただきたい。それを助けるために、わたしたち教職員一同がここにいることを心にとどめていただければと思います。

 清泉にようこそ、これからの日々がめぐみ豊かなものでありますように。

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学長  田村 俊輔

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