清泉女学院大学 清泉女学院短期大学

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学長メッセージ

他者のために、地域のために、社会のために

学長 山内宏太朗
学長 山内宏太朗

「人間は、一人ひとりが、かけがえのない、他の誰にもとって代わることのできない存在であること」。本学は、その実現のために、「存在の価値を見出し、その存在にふさわしい人間になることを手助けすること」を基本として、この長野の地で教育を提供してきました。設立母体である「聖心侍女修道会」の「侍女」には、この会の使命と精神が的確に表わされています。すべては他者のために…。そこには自由な雰囲気、他者との信頼関係を築き、一人ひとりを大切にし、その人たちのために生きようとする精神が流れています。これは、カトリック教育の軸であり、学生のみなさまにも是非身につけていただきたいと願っている大切な価値です。

本学は、この精神を礎とし、甲信越北陸唯一のカトリック高等教育機関として、次世代へとつなぐために、現在「清泉百年プロジェクト」を展開しています。清泉女学院を学びの場として、この長野の地から他者のために、地域のために、社会のために奉仕できる教育を提供していきたいと思っています。

2020年度 新入生のみなさまへ

 新入生の皆さん、ご入学、誠におめでとうございます。
 新入生の皆さんとの出会いを教職員とともに楽しみにしておりました。残念ながら、新型コロナウイルス感染防止のため、本年度は入学式を執り行うことができず、そして、他のさまざまな日程も変更となりました。本学学長として、教職員を代表してお詫び申し上げます。しかしながら、皆さんを未知の感染症の被害者にも、加害者にもさせないためにも、必要な措置でしたことをご理解いただき、また、これからの学生生活でも感染防止にご協力いただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
 皆さんは4月から、清泉女学院大学・短期大学に進学され、自分の選んだ道として、学問を学び始められます。これから始まる大学生活は、今ここで皆さんお一人お一人が抱いている、自分の見いだした意味と価値、そして、自分自身のミッションの実現のための日々だということを、はっきりと意識していただきたいと願っています。
本学の教育の精神は、今から約140年前、設立母体であるカトリックの聖心侍女修道会創立時に遡ります。
 「神の尊前(みまえ)に、清く正しく愛深く」、カトリック教会の聖人、聖ラファエラ・マリアの精神です。
 キリストの教えを根底におく教育を通して、「人間は、一人ひとりがかけがえのない、他の誰にもとって変わることのできない存在であり、その存在の価値を見出し、その存在にふさわしい人間になることを手助けすること」を基本としていきたいと思っています。
 そこで、私自身がいつも新入生の皆さまにお伝えしてきたこと、本学の教育の中で大切にしたいことであり、皆さんにぜひ身につけていただきたいと願っている三つのまなざしをご紹介します。
 一つは、「自分を知るためのまなざし」です。すべての人は神の愛により創られ、一人ひとり、その存在の固有の意味とミッションを有しています。
 いのちの尊さ、そして“自分”という存在の意味とミッションを知り、自分に与えられた能力を最大限に生かし、自分の選択した人生、すなわち、“自分を賭ける”意味と固有のミッションの実現のために生きるには、まず、自分自身を知るためのまなざしが必要です。
 二つ目は、「他者を大切できるまなざし」です。自分を知ることは、自己と自己をとりかこむ一切のものの中に真理を見出させ、豊かな人間性を育み、自分の周りの人びとも、自分と同じくかけがえのない存在であることに気づかせてくれるでしょう。他の人びとそれぞれの固有の意味とミッションを知り、互いに大切にしようとするまなざし、これは自分だけのことを考えるのではなく、自分をこえた存在への開きと言えます。
 最後は、「社会に貢献するためのまなざし」です。自分を知り、他者を大切にすることは、学問的教養・知識に裏打ちされて、自ずとその対象を広げ、わたしたちの社会へ向かいます。「私」から「私たち」へ世界はひろがっていくのです。
 広い知識と教養、深い専門的知識や技能は、隣人や社会への貢献に柔軟に対応することを可能にしてくれます。そのために必要なのは、社会に貢献するためのまなざしです。豊かな人間性と広い視野によって、専門的な知識を備えた自立的人間として歩むための道をまっすぐ見ることができる「目」が開いていくのです。
 教育を通してひろがっていくこれらのまなざしは、どんな時代にあっても、普遍的真理を見失うことなく、神への信頼と希望をもって、正義と平和に満ちた社会を実現するための大切な力となるに違いありません。
 みなさんは、ローマ・カトリック教会の第266代教皇フランシスコをご存知でしょうか。昨年教皇としては38年ぶりに来日され、ニュースなどでもたびたび取り上げられるので、ご存知のかたも多くいらっしゃるかと思います。日本ではあまり感じることは少ないかもしれませんが、世界の人口のおよそ3分の1がキリスト教徒であり、そのキリスト教徒の半分がカトリックであるということを知ると、本学の学生となられる皆さまが同じカトリック大学の学生として、このような動きも少し身近なこととして感じていただけるのではないでしょうか。
 みなさんは大学生、短期大学生として、特にこの多文化社会になりつつある日本社会でこれから活躍するために、世の中の変化に敏感になり、現代世界において本当に大切にすべきことについて、確固たる信念をもって取り組んでいくことが求められていると思います。
 みなさんたちにとって身近なツールかもしれませんが、この教皇フランシスコは、TwitterやInstagramなどのSNSでさまざまなことを発信していらっしゃいます。Twitterでは1500万のフォロワー数となっているとのことですから、世界中に影響力を持っていることが伺い知れます。イタリア語やスペイン語、英語だけではなく、日本語でもありますので、みなさんもぜひご覧いただければと思います。私はときおり教皇のツイッターを見ているのですが、あるとき、このようなツィートをなさっていました。
「快適すぎることには気をつけてください。快適に過ごしていると、他者のことを忘れがちです(Beware of getting too comfortable! When we are comfortable, it’s easy to forget other…)」。
 皆さんに一つ、お願いがあります。これから、楽しい大学生活が始まると思います。私は、ぜひ皆さんにこの一度しかない大学生活を思い切り楽しんで過ごして欲しいと思います。しかし、それと同時に、ただただ「快適すぎる」生活に流されるのではなく、自分が今、学生としてもっている意味とミッションをしっかりと見つめながら、自分のためだけではなく、他者のために、社会のためにまなざしを向けることのできる学びをしていただきたいと願っています。
 特に現在起こっている新型コロナウイルス感染症の影響で、大学生活で大切な新しい友だちを増やす出会いの機会や授業で議論する機会などに制限がありますし、日常生活でも同じことが起こるでしょう。制限を無視して、自分の快適さ、楽しさのためだけを重視すると、もしかすると、周りの他のひとを悲しませたり、苦しませたりする結果になるかもしれません。自分の大切なひとたちのために、今、自分にとって必要な行動を考え、過ごしていただきたいと思います。
 そして、自分の中に日々生まれては消えていく「何かのために、誰かのために」という自然な心の動きに素直に敏感になり、そのことについて真剣に考えて、識別し、いのりとともに勇気を持って、他者のために、社会のために、実際の行動に移していただきたいと願っています。
 同じ教皇フランシスコの先日のTwitterに「神は近くにおられ、わたしたちにも、ともに近くにいるように求められています。今の時点では、感染の恐れから、他者に物理的に近づくことはできません。けれども、祈りと助け合いを通して、他者に寄り添う気持ちをこころの中で新たにしましょう。(Our God is near and asks us to be near to one another. Perhaps right now we cannot draw near physically to others for fear of contagion, but we can reawaken in ourselves a habit of drawing near to others through prayer and mutual help.)」とありました。
 本学での学びや出会いを通して、自分に必要なことを知り、他者に寄り添い、社会に貢献できるためのまなざしをもったひとになっていただきたい。
 それは、時に大変なことですし、もしかしたらこの世の物差しで顕すと、価値がないように見える、ささやかなことかもしれません。しかし、それはまさに、家柄や学歴、地位、収入などの社会的な価値とは全く異なる、カトリックにおける私たち一人ひとりの真の存在価値であると思いますし、神さまの目にはとても尊く意味深いものとして映ると、私は思うからです。
 これから始まる清泉女学院大学、清泉女学院短期大学での皆さんの生活に、神さまの祝福がありますように。このことを心から願い、いのり、学長のことばとします。

清泉女学院大学
清泉女学院短期大学
学長  山内 宏太朗

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